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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20927号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、三〇七〇万一九七六円とうち二九九三万一四二八円に対する平成六年六月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告は、被告の社員が原告に対してワラント等の売買取引によって生じた損失を保証すると約束したため、原告が被告を介してワラント等の売買取引をしたが、原告に損失が生じたと主張し、被告に対し、損失保証の約束に基づき、この損失相当額の支払を求め、予備的に、被告の社員が損失保証をする意思がないのに原告に対して損失保証すると虚偽の事実を述べたため、原告がワラント等の売買取引をしたが、損害を被ったと主張し、被告に対し、不法行為(民法七一五条)による損害賠償を求めている。

二  争いのない事実

1  被告は、有価証券の売買とその媒介等を業とする証券会社である。

2  原告は、平成元年七月二一日、被告の新宿支店の営業課員木野一弘からワラントの売買取引の勧誘を受け、同支店に原告の長男下重正成の名義の口座を開設し、長男名義で鹿島建設ワラントを一〇万購入した。原告の長男名義でワラントを購入したのは、被告ではワラントの取引客を男性に限定していたからである(なお、原告は、同時に原告名義の口座も開設した。)。そして、原告は、同年一〇月三一日、鹿島建設ワラントを売却した。

3  原告は、木野一弘の勧めにより、平成元年八月一日に日野ワラントを五万ドル、同年九月一日に日産ワラントをそれぞれ購入した。

4  さらに、原告は、平成元年一一月以降、木野一弘の勧誘によって、別紙証券目録(以下「証券目録」という。)記載のとおり(以下、証券目録記載の有価証券は同目録記載の符号だけで表示する。)、ア〜エ、ク、ソ、チのワラント、オ〜キ、ケ〜シ、セ、タの外国債、スのステップを購入した。

5  木野一弘は、原告に対し、コ(甲第一号証)、ケ(甲第二号証)、サ(甲第三号証)、セ、カ(甲第四号証)、シ(甲第五号証)、チ(甲第六号証)の銘柄の取引について損失を保証するとの書面を差し入れた。

6  そして、原告は、証券目録記載のとおり、イ、エ、ク、ソ、チを除く銘柄を売却した。なお、エ、ク、ソ、チの銘柄は、権利行使期間が経過していたため、イの銘柄は、権利行使期限直前であるためいずれも売却することができなかった。

三  争点

(原告の主張)

1 損失保証

(一) 損失保証の約束

被告は、原告に対し、本件各銘柄の取引によって生じる損失を保証することを約束した。また、被告は、原告に対し、スの銘柄の購入の際、元本と年一割の利益を保証した。

なお、この損失保証や利益保証の約束は、平成三年法律第九六号により証券取引法が改正される前にされたものであるから、有効である。また、改正後の証券取引法が改正前にされた損失保証の約束をも否定するものであるとすれば、正当な補償もないままに損失保証の約束に基づく原告の権利を剥脱することになり、これは憲法二九条に違反することになるから、改正後の証券取引法を限定的に解釈すべきであり、改正前にされた損失保証の約束の履行には適用されない。

(二) 原告の損失

本件各銘柄の取引について、原告には、証券目録記載のとおり、合計二九九三万一四二八円の損失が生じた。

(三) スの銘柄に対する利息

平成三年五月九日から平成六年六月七日までの約定利益は、七七万〇五四八円である。なお、原告は、平成三年一二月、被告から、平成二年五月九日から平成三年五月八日までの利息二五万円の支払を受けている。

2 不法行為

(一) 木野一弘は、原告に対し、取引による損失を被告が保証する意思がないのに損失保証をすると虚偽の事実を述べて、本件各銘柄の購入を勧誘した。

(二) 原告は、木野一弘の損失保証の約束を信用して本件各銘柄を購入したが、被告が損失保証をしないため、本件各取引について二九九三万一四二八円の損害とこの損害賠償を求めるための本件訴訟に関する弁護士費用の損害二九九万三一四二円を被った。

(被告の主張)

1 損失保証の約束は、公序良俗に違反するから、無効である。

2 1のとおりであるから、民法七〇八条の類推適用により、被告は、原告に対し、不法行為責任を負わない。

第三  争点に対する判断

一  損失保証の約束

1  甲第一〜二五号証、乙第一号証、証人木野一弘の証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、甲第八号証と乙第一号証の各記載や証人木野一弘と原告の各供述中この認定に反する部分は採用することができない。

(一) 原告は、住所地で医院を開業しているが、昭和五九年ごろから、被告の大森支店で中国ファンド、公社債投信の取引を開始し、昭和六二年ごろからは、株式等の取引もするようになった。

(二) 木野一弘は、平成元年七月、原告の患者である伊藤尹久から原告の紹介を受け、原告に対し、電話で鹿島建設ワラントの購入を勧めたが、原告は、「ワラントはハイリスクと聞いているので、こわいから駄目です」と言って、ワラント購入の勧誘を断った。しかし、木野一弘は、その後、再三にわたり、原告に対し、「必ずもうかる」、「一〇〇万円位のもうけは保証する」と言ってこのワラントの購入を勧めた。そのため、原告は、鹿島建設ワラントを購入した。そして、原告は、鹿島建設ワラントの売買により、一〇〇万円の利益を得た。

(三) 原告が日野ワラントを購入する際も、木野一弘は、原告に対し、「必ずもうかる」「保証する」と言って、同ワラントの購入を勧誘した。日野ワラントは、同年九月二五日、売却されたが、原告に五万四四三五円の損失が生じた。被告は、同年一〇月四日、原告に対し、日野ワラントの取引による損失の保証として五万五〇〇〇円を送金した。なお、原告は、同年一一月一四日、日産ワラントを売却した。

(四) その後も、木野一弘は、原告に対し、「もうけさせるようにする」「保証する」等と言ってワラントの購入を勧めた。そのため、原告は、証券目録記載のとおり、ア、イ、ウ、エのワラントを購入した。

(五) また、その間、原告は、木野一弘の勧めにより、同年一一月二八日、新成長株ファンド89―11を一〇〇万円、同年一二月一三日、ステップを一〇〇万円購入した。

(六) そして、平成二年に入り、日本の株価が下降気味になると、木野一弘は、原告に対し、外国債や外国株を勧めるため、原告は、これらの売買をした。

(七) 同年二月五日、原告は、木野一弘から、「必ずもうかる」「元本は保証する」と勧められたため、オの銘柄を購入した。

(八) 同年三月、木野一弘は、原告に対し、「元本の保証を約束することを書く」と言って証券目録記載のカ以下の銘柄を勧めた。そのため、原告は、木野一弘の言葉と保証書(甲第一〜七号証)を信用してカ〜チの銘柄を購入した。なお、スの銘柄の購入の際、木野一弘は、原告に対し、元本と年一割の利益を保証した。

2  1の認定事実によると、原告の本件各銘柄の購入について、木野一弘が原告に対して損失保証(スの銘柄についてはその外に年一割の利益保証)を約束したことが認められる。

二  損失保証等の約束の効力

1  平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法は、有価証券の売買等の取引について証券会社、その役員又は使用人が顧客に対してこの取引について生じる損失の全部又は一部を負担することを約束して勧誘することを禁止し(五〇条一項三号、四号)、これに違反した場合、証券会社の免許の取消しや業務停止(三五条一項二号)、証券外務員の免許取消しや業務停止(六四条の三第一項二号)等の行政処分が行われる。しかし、この違反に対する罰則の規定や顧客に損失が生じた後にその損失を補填する行為を禁止する規定はなかった。

これに対して、平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法(平成四年一月一日施行)は、証券会社に対し、有価証券の取引について顧客に損益の発生前に顧客に対して損失保証や利回り保証の約束をすること(五〇条の二(平成四年法律第七三号による改正後は同条の三。以下同じ。)一項一号)、損益の発生後に顧客に対して損失保証や利益追加等の約束をすること(同項二号)、損益発生後に損失補填や利益追加をすること(同項三号)を禁止し、同様に、証券会社の顧客に対しても、損失保証等の約束や損失補填を受けることを禁止し(同条の二第二項一〜三号)、これらに違反した場合には処罰されることになった(一九九条一号の五(平成四年法律第七三号による改正後は同号の六)、二〇〇条三号の三)。これは、損失保証や利益保証が健全な証券取引の秩序を損なわせる反社会的行為と評価したものと考えられる。

そうすると、平成三年法律第九六号による改正前にされた損失保証等の約束が同法による改正後の時点で効力があるかどうかはともかくとして、この約束に基づき財産上の利益を受けることは、改正後には禁止され、処罰の対象になることは明らかである。したがって、証券会社の顧客が証券会社に対して損失保証の約束に基づき損失補填を求めることは、許されないものといわざるを得ない。

なお、平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法は限定的に解釈すべきであるとする原告の主張は、採用することができない。すなわち、改正前には、証券会社やその役員等が損失保証の約束をして取引の勧誘をすることが禁止されていたが、これについての違反行為に対する罰則の規定がなかったために、損失補填の約束が無効ではないとされていただけである。したがって、損失保証の約束による取引の勧誘は、改正前でも違法な行為であるから、この約束に基づく顧客の権利が当然に正当な権利というほどのものとはいえない。そうすると、改正法によって憲法二九条三項の補償をすることなく損失保証に基づく履行を求めることを禁止したとしても、合理的な制限といえる。

2  原告は、被告との損失保証や利益保証の約束に基づき、被告に対し、損失の補填を求めるものであるから、原告の請求は理由がない。

三  不法行為

1  二1で述べたとおり、損失保証や利益保証は健全な証券取引秩序を損なう反社会的行為であるから、損失保証や利益保証の約束の不履行を不法行為ととらえて損害賠償を求めることは、民法七〇八条の類推適用によって許されないといわざるを得ない。

2  損失保証の約束による勧誘行為の不法行為性

一1の事実によると、原告が木野一弘からワラント等の取引の勧誘を受けた際、ワラント取引がハイリスクであることを理由に木野一弘の勧誘を断っていたから、原告は、ワラント等の取引が危険を伴う取引であることを承知していたものと推認される。そうすると、原告は、木野一弘の絶対もうかるとか損失保証の約束を単純に信用して本件各取引をしたものとは認められないから、木野一弘の原告に対する本件各取引の勧誘行為について不法行為が認められるものではない(ほかに木野一弘の勧誘行為について不法行為が認められる的確な証拠もない。)。

四  結び

以上によると、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 春日通良)

別紙〈省略〉

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